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横浜地方裁判所横須賀支部 昭和34年(ヨ)25号 判決 1960年3月30日

申請人 小林正夫

被申請人 横須賀キャブ株式会社

主文

被申請人が申請人に対し昭和三十四年三月二日付でなした解雇の意思表示の効力は仮にこれを停止する。

被申請人は申請人に対し昭和三十五年三月以降毎月末日限り金二万二千円ずつを仮に支払え。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

一  当事者の求める裁判

(一)  申請人の求める裁判

被申請人が申請人に対し昭和三十四年三月二日付でなした解雇の意思表示は仮にこれを停止する。

被申請人は申請人に対し毎月末日限り金二万二千円を支払え。

申請費用は被申請人の負担とする。

(二)  被申請人会社の求める裁判

本件申請はこれを却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

二  当事者の主張

(一)  申請人の申請の理由

1  被申請人会社は横須賀市日の出町二丁目五番地に本店を横浜市及び相模原市に支店を有し、当初は外人専門であつたが昭和二十七年頃から邦人もその対象とするようになつたタクシー業を営むものであり横須賀営業所においては自動車六十五台を有し従業員約百四十名(内運転手約百三十名)を擁する株式会社である。

申請人は昭和二十八年二月被申請人会社に雇傭され、以後運転手の業務に従事して来たものであり且つ被申請人会社従業員中六十三名をもつて結成する神奈川県ハイヤータクシー労働組合横須賀キヤブ支部の書記長である。

2  被申請人会社は昭和三十四年三月二日申請人に対し被申請人会社の信用を甚だしく失墜したとの理由で懲戒解雇の意思表示をした。

3  右解雇の対象となつた事由は次のとおりである。

申請人は昭和三十四年二月八日夜自動車運転業務に従事中横須賀市内で女子の乗客を乗せたところ同女の所持金が料金に二十円不足したが同女が市内の横須賀劇場に勤務しており翌日必ずとどける旨を約したため右料金不足額を受領しないで帰社したことがあつた。ところが数日して何の連絡もなく、又日頃被申請人会社では未収金の回収を非常に厳格にいう事情もあつたため申請人は同月十一日勤務終了後被申請人会社より帰宅の途中右料金を請求するため同劇場に立寄つた。

ところが同劇場の責任者は実際は同女がいるのにもかかわらず同女はやめたから支払えないと回答したので申請人はそれでは立替えて払つてもらえないかと懇請したがかえつて同人は申請人に話をつけるなら被申請人会社で話をつけようなどと云いがかりをつける始末であつた。結局たまたま居合わせた同僚の佐藤運転手の口添えで右料金は支払つてもらうことができた。しかしながらその際右劇場の責任者は申請人をあだかも全くゆすりにでも払うような言辞や不当な態度を示したので申請人としては納得できず一旦帰社した上同劇場の担当者に事を明らかにするため是非来社してくれるよう被申請人会社から電話でたのんだ。ところがその後右事情について劇場側の者が一方的に被申請人会社に中傷したため、これをとりあげて被申請人会社は申請人が被申請人会社の信用を甚だしく失墜したとして懲戒解雇に及んだのである。

4  しかしながら右解雇の意思表示は次の理由によつて無効である。

(1) 本件解雇は不当労働行為に該当し無効である。

被申請人会社は申請人が被申請人会社の信用を傷つけたとして解雇に及んだのであるがこれは解雇をするための形式上の名目であつて実際は労働組合活動を活溌に行つていた申請人を嫌悪し社外追放をはかつたものに外ならない。即ち被申請人会社においては昭和二十六年頃から労働組合結成の動きがあつたが昭和三十年六月従業員百十名の賛同を得てその結成に成功し神奈川県ハイヤータクシー労働組合に加盟するにいたつたところ被申請人会社は非常にこれを憎みその弱体化破壊をねらうため干渉援助の手をのべて会社内に第二組合(横須賀キヤブ従業員組合)を結成させ車の選択等の取扱に差別をつけ且つ公然又は隠れて被申請人会社幹部をもつて申請人等結成の神奈川県ハイヤータクシー労働組合横須賀キヤブ支部(以下第一組合という)の切崩しを行つたりささいな事由をたてにして第一組合員を解雇する等弾圧政策に出た。それがため第一組合員は現在わずか六十数名に減じてしまつたのであるが被申請人会社はこれに満足せずなおも第一組合の壊滅を策し本件についても申請人が日頃から組合活動の中心となつてこれを活溌に行つているのを嫌いたまたま申請人に本件のような若干の行過ぎた行為があつたのを好機として被申請人会社の信用を傷つけたとして懲戒解雇の挙に出たものである。被申請人会社における従来の事例によると非第一組合員即ち第二組合員及び何れの組合にも加入しない従業員が本件と同種同程度の行為をした場合にはこれを不問に付したか又は解雇までにいたらない軽い懲戒処分により処置されていて解雇されるようなことはない。申請人がこれ等非第一組合員に対する処分と異る重い解雇処分に付されたのは申請人が右第一組合員でありその組合活動を行つていたことによるものであつて被申請人会社の本件解雇は申請人の組合活動を理由とした差別的不利益待遇に外ならず不当労働行為に該当し無効である。

(2) 本件解雇は就業規則の解釈適用を誤り無効である。

被申請人会社は申請人の本件行為は被申請人会社の就業規則第五十七条に定める懲戒事由中第十号の故意又は重大なる過失により会社の信用を甚だしく失墜せしめたとき及び第四十二号のその他会社の信用体面を著しく失うような行為を行つたときに該当するので解雇したというが申請人の本件行為は軽卒であり誤解を招く点があつたとはいえ決して被申請人会社の信用を甚だしく失墜せしめるものでもなければ又著しく失うようなものでもない。従つて右就業規則第五十七条第十号及び第四十二号に該当しないものであり懲戒に値しないものであるのに右条項に該るものと断じて懲戒解雇の処分に付したのは同規則の解釈適用を誤つたものであり本件解雇は無効という外はない。

(3) 本件解雇は解雇権を濫用したもので無効である。

仮りに申請人の本件行為が懲戒事由に該当するとしても本件解雇は解雇権を濫用した違法があり無効である。

本件解雇の対象となつた申請人の行為は勤務外しかも飲酒の上から誤解と軽慮が重つて起きた偶発的行為であり申請人には従来このような行為がなく勤務上非難すべきこともなかつたし当時謝罪しなかつたのは従来の例で組合関係者では謝罪しても許されなかつた実情と被申請人会社側では許しても退職させるというのでこれでは解雇と何等変わりがないという事情にもとずくものであり悔悟の情がないわけではなく現在反省して二度とこのようなことのないようつとめることを決意している。一方被害者は現在申請人に対し悪感情を持つていないし被害者側にも原因を作つた事情がある等酌量すべき事情があるところ就業規則の定める懲戒処分は譴責、減給、出勤停止、懲戒解雇の四段階があり情状に応じた軽い処分に付すべきを相当とする。しかるに被申請人会社はその恣意により申請人の生活権を奪う最も重い解雇処分に付したのであつて解雇権を濫用したものに外ならない。解雇は無効というべきである。

5  仮処分の必要性

以上のとおり本件解雇は無効であつて申請人は依然として被申請人会社の従業員たる地位を有するので解雇の無効確認及び雇傭契約存続の本訴を提起すべく準備中であるが本案判決を待つたのでは給料を唯一の生活の資とする申請人にとつて回復し難い損害を蒙る虞れがあるので本件申請の趣旨の如き解雇の一時停止及び平均賃金一ケ月二万二千円の支払を求めるため本申請に及んだ次第である。

(二)  被申請人会社の主張

1  申請人主張の(一)の申請の理由1は被申請人会社横須賀営業所の有する自動車の数及び神奈川県ハイヤータクシー労働組合横須賀キヤブ支部組合員の数を除き認める。自動車数は五十八台である。右組合員の数は知らない。

2は認める。

3の中申請人が昭和三十四年二月八日夜横須賀市内で乗せた横須賀劇場勤務の女子乗客に二十円の料金不足があつたため同月十一日勤務時間後右料金請求のため同劇場に立寄つたこと、右料金は結局他の女子職員が立替えて支払つたこと及び申請人が一旦帰社した上同劇場責任者に来社方電話したことは認めるがその余の事実は否認する。

申請人の解雇の事由となつた事実の真相は次のとおりである。すなわち申請人は昭和三十四年二月八日夜横須賀市内で同市若松町一丁目六番地所在映画館横須賀劇場勤務の横山某女を乗車せしめたが料金二十円の未払を生じたまま同月十一日迄支払がなかつたのでこれを受取る目的で同月十一日午後二時頃横須賀劇場に赴いたところたまたま当日横山某は休番であつたので応待に出た女子従業員山本京子からその旨告げたが申請人がなかなか納得しないので結局山本において未払金の立替え支払をしたのであるがその際山本が「払えばいいでしよう」という態度をとつたとかで、「それだけで済むと思うか支配人を出せ」などと怒鳴り散らし同劇場小野関支配人がこれをなだめるため謝罪したが申請人はなかなかおさまらず暫らくの間劇場内案内所附近を歩き廻わり観客や従業員等に怒鳴り散らして漸く退去した。しかも右の如くで末収料金の徴収は一段落を見たにもかかわらず申請人はこれにあきたらず右劇場から申請人会社営業所へ立帰るや同劇場の責任者に来社方を電話しこれによつて来社した同劇場総支配人営業部長水野喜多朗に対し「責任者としてこの件について責任をとれ」といいがかりをなし同人が穏便に説得したが聞入れずなお執擁に責任をとれと追求し揚句の果てにはかくの如く責任を追求するのは被申請人会社社長の方針であるかの如く言明したので水野はそれでは社長との間で解決するとて辞去しその足で被申請人会社代表取締役社長村瀬春一方に出向き社長不在のため代つて面接した被申請人会社取締役村瀬博三に対し厳重な抗議を行い更に同月十五日書面により抗議を申出て来た。申請人は自己の前記行動に対し何等反省の色を示さずむしろ反抗的態度に終始したものである。

よつて被申請人会社は査問委員会の意見を聴き申請人の右行為は被申請人会社所定の就業規則第五十七条第十号及び第四十二号に当り懲戒相当と判断したが申請人の将来を顧慮し解雇に先だち二月二十八日理由を示して任意退職を勧告したが三月一日これを拒否したので同月二日理由を評述して解雇の意思表示をした。しかし申請人の将来及び経済的事情等を考慮して労働基準法第二十条所定の予告手当と就業規則第二十八条所定の退職手当を支給することとし現実に提供したが申請人がその受領を拒んだので三月三十一日これを横浜地方法務局横須賀支局に供託した。

2  申請人主張の4の解雇無効の理由の(1)は認めない。即ち被申請人会社はこれまで従業員の所属する何れの労働組合に対しても如何なる意味合においても妨害干渉し又は援助介入等をしたことはなく弾圧政策をとつたことはない。又労働組合に加入しているかどうか又は労働組合活動をしているかどうかで従業員を差別待遇したことはない。

申請人を解雇したのは申請人に被申請人会社の就業規則第五十七条第十号及び第四十二号に該当する行為があつたからであつて申請人が第一組合員でありその組合活動を行つていたことには関係がないので不当労働行為となるものではない。

3  同4の(2)にいうような本件解雇につき就業規則の適用に誤りはない。

被申請人会社の営業は一般乗用旅客自動車運送事業の経営を目的とするいわゆるサービス業種に属し従業員特に自動車運転者の顧客に対するサービスとエチケツトは会社営業の実績に直結し社運の興廃に重大関係を有するをもつてこの点については従来被申請人会社の堅持する営業方針として強調され機会ある毎に全従業員に周知徹底せしめているのであるが昭和三十四年年頭に際してもサービスの徹底を指示し更に同年二月十日の始業前の点呼においても同様強く要請しいやしくも顧客との間に紛争を起しサービスの本旨に反する行動に出たものに対しては厳重な処置をもつて臨み企業の維持上或は職場から排除するの止むなき場合あることを強調して来たのである。

申請人の右一連の行動は極めて行き過ぎであり且つサービスの本旨に反し故意又は過失により被申請人会社の信用を甚だしく失墜せしめたことに外ならないから就業規則第五十七条第十号及び第四十二号に該当し懲戒に値すること勿論である。被申請人会社が申請人の行為をもつて同条第十号及び第四十二号に当るものと判断し懲戒処分に付したことは正当であつて解釈適用に誤りはない。

4 同4の(3)にいうような解雇権を濫用したものではない。

申請人の本件行為は前述のように被申請人会社が常に全従業員に対し業務遂行上遵守すべき事項として最重に指示し全従業員においても周知せる営業の基本方針に反する行為を敢てなしこれによつて被申請人会社の信用を甚だしく失墜したものであつて被申請人会社の営業の特殊性に鑑みるときその維持に重大な支障を生じ対内的には他の従業員に悪影響を及ぼして職場に混乱を来たしひいては企業の存立を危ふくすること必至のものでありしかも申請人には何等反省する色のないものであるからこれを懲戒処分の四段階中最も重い解雇処分に付するをもつて相当とすべく本件については解雇権の行使に正当理由あり被申請人会社に解雇権の濫用はない。

5 申請人主張の5の仮処分必要性は争う。

三 疏明<省略>

理由

一  被申請人会社が横須賀市日の出町二丁目五番地に本店を横浜市及び相模原市に各支店を有しタクシー業を営む株式会社であり横須賀営業所においては従業員約百四十名を擁し申請人は昭和二十八年二月被申請人会社に雇傭され右営業所において自動車運転手の業務に従事して来たものであり且つ従業員の一部をもつて結成する神奈川県ハイヤータクシー労働組合横須賀キヤブ支部(所謂第一組合)の書記長であるところ昭和三十四年三月二日被申請人会社は申請人に対し申請人が被申請人会社の信用を甚だしく失墜したとして懲戒解雇の意思表示をしたこと申請人が昭和三十四年二月八日自動車運転業務に従事中横須賀市内で同市若松町所在映画館横須賀劇場勤務の女子従業員横山某を乗せたところ料金二十円の未払を生じたままその支払がなかつたので同月十一日勤務を終えた後右料金請求のため同劇場に立寄つたことは当事者間に争がない。

二  証人山本京子同水野喜多朗同白木利美同浅羽吉之助同佐藤勲の各証言証人水野喜多朗の証言により成立を認められる疏乙第二号証の一、二を綜合すれば申請人は横山某に対する不足料金二十円を請求するため同月十一日右横須賀劇場に出向いたところ右横山某は休番で不在のため劇場入口案内所で入場券切りの業務に従事していた同劇場従業員山本京子が応待し横山某はあいにく不在であることを告げたが申請人がこれを納得しないので結局山本において立替え支払うことにして二十円を差出した。ところが申請人が素直にこれを受取らないで文句をいうため山本が「払えばいいではないですか」と語気を強めていつたことから申請人は激怒して「それだけですむと思うかおやじ(支配人)を出せ」などと怒鳴り散らし同劇場の小野関支配人がそこに出て来て不足料金二十円を支払つたのだからそれを持つて帰るよう申出ても承知せず声高に文句をいつていたがたまたま同劇場内に居た同僚佐藤勲になだめられ右二十円を受取つて被申請人会社え帰つた。そして立帰ると直ぐ同劇場え電話して劇場責任者の来社を求めこの電話により被申請人会社を訪れた同劇場総支配人水野喜多朗に対し「責任を取れ」と繰返して追求し(誰にどうゆう責任をとれというのかこの点の疏明はない)水野が「すでに支払いがすんでいるのになお責任をとれというのは社長の方針か」と反問したのに対し「そうだ」と答えたので水野はその足で被申請人会社社長代表取締役村瀬春一方に出向き同人不在のため代つて面接した被申請人会社取締役村瀬博三に対し事情を話して抗議をし同人からその場で謝罪されたが更に同月十五日経過を記載し申請人に対する処置を求める趣旨の書面(疏乙第二号証の一、二)を右村瀬春一方に届けたことおよび被申請人会社においては同月十四日頃右事件に関する処置について査問委員会を開いたが委員の間に意見がわかれて結論を見なかつたので労務係の白木利美から村瀬社長にその経過を報告し申請人に対しては出勤停止の処分をするよう進言したがその翌日水野喜多朗から村瀬社長に右疏乙第二号証の一、二の書面が届けられその後開かれた査問委員会において右書面が提出され同委員会は申請人を解雇処分に付するを相当とする旨議決したことを疏明される。

三  被申請人会社は申請人の行為は被申請人会社制定の就業規則第五十七条第十号第四十二号に該当すると主張するので進んで右疏明された事実が右規定に該当するかどうかを考究する。

成立に争のない疏乙第一号証(被申請人会社就業規則)によればその第五十七条には「従業員が左の各号の一に該当する行為を行つたときは懲戒する」と規定しその第十号に「故意又は重大なる過失により………会社の信用を甚だしく失墜せしめたとき」と第四十二号に「その他会社の信用体面を著しく失うような行為を行つたとき」と規定する。右規則にいう「信用」とは一般に了解されているそれと同じく経済的な方面から評価された企業の社会的価値をいうものと解するを相当とするところこれを失墜すべき方法については何等の制限がなく規定概括的に過ぎる嫌がないではないがその信用失墜行為の程度換言すれば行為の危険性乃至非難性について限界を劃し「甚だしく」とか「著しく」とかの表現を用いそれが高度に達することを必要とする旨定めておりもつて懲戒発動の行き過ぎを抑制しているところであるからこれが適用に当つては私企業における懲戒の本旨に則ることは勿論であるが他面懲戒が従業員にとつて死活の問題であることに省み右規定を厳正に解釈し具体的事情につき被申請人会社の業種とか被申請人会社における申請人の立場等をも勘案して客観的に且つ妥当に行為の評価をなさなければならないことは多くいうまでもないところである。

この観点によつて申請人の疏明された行為をみるとき右は乗客に対しサービスを提供することをもつて営業目的としその業績の盛衰と信用の得喪とを主として利用者たる世人の信頼と好感とを得ることの如何に繋なぐタクシー業者たる被申請人会社の所属自動車運転手としてサービス業の本旨を忘れた態度というべくしかも証人浅羽吉之助及び申請人会社代表取締役村瀬春一の供述により疏明されたところによれば被申請人会社にあつては従業員に対し接客態度についてサービス本位に徹するよう平素指示していたことを認められるからこの平素の指示にも反する非行であつて被申請人会社の信用を失墜せしめる行為に該るという外なくその程度については、横須賀劇場においてなした行動だけでこれを止めたのなら格別一旦被申請人会社に帰つた後右劇場に電話して同劇場総支配人水野喜多朗を呼び寄せて前示の如き言動に出たことはその行動の余りにも執擁であつて甚だしく乃至著しく被申請人会社の信用を失墜する程度にいたつたものと解することを免れ難い即ち申請人の右一連の行為はこれを包括して被申請人会社所定の就業規則第五十七条第十号第四十二号に該当するものというべきである。

四  そこで進んで申請人に対し如何なる処分をもつて臨むべきものであるかを考える。就業規則第四十八条によれば懲戒処分として譴責、減給、出勤停止、懲戒解雇の四段階を定めており同第五十条によれば第五十七条所定の該当行為に対してはその動機故意又は過失の別実害の程度行為者の境遇勤務成績当該行為後における態度等各種の情状を考慮して決定すべき旨を規定しているところであるから第五十七条第十号第四十二号該当の行為についてももとよりその例外をなすものでなく右規則の定めるところに従い諸般の情状を検討し妥当性ある処分に付すべきものであつて、或は所謂サービス業の特質を強調し或は従業員に対する他戒の必要を重視するの余り直ちにもつて解雇の外なきものと断ずるごときは許されないところであるはいうまでもない。

申請人は昭和二十八年二月被申請人会社に雇われ以来本件問題の起つた時まで満六ケ年これといつた失態もなく証人白木利美同浅羽吉之助の証言によればその職場における勤務成績も所属自動車運転手約百三十名中その中位にあることが疏明され又その家庭の実情は妻子五人いずれも申請人においてこれを扶養しているものであることは申請人の供述によりその成立を認められる疏甲第二号証により疏明されるところであり本件事態の発生当時は申請人は勤務終了後のことであり又証人山本京子同水野喜多朗の各証言及び申請人の供述によれば酒気を帯びていたことを疏明されるのである。申請人が横須賀劇場に赴いたのは一に横山某に対する未収料金二十円を請求するためであつて他意があつてのことではなく応待した山本京子と対談中横山某が右劇場内にいるにもかかわらず山本が同女はいないと嘘をいつているものと誤解し加えて山本の態度から同人が申請人より強談でも受けているかのような様子を見せたものと受取つて憤慨し酒気も手伝つて本件のような一連の行為に発展して行つたものであることはその経過と申請人の供述によりこれを窺い知ることができるのであつてその行為たるや前段判断のとおり非難に値いするものではあるがいわば偶発的のものであり被申請人会社の信用を墜すことの意図をもつて敢行されたものと異りその情において酌むべき点もないではなく又水野喜多朗が奮然として被申請人会社社長に談ずるとて申請人と別れた直後申請人は同僚数名に対し「クビになつたら社長の禿げ頭をぶん殴つてやる」旨口走つたことがあつて不謹慎のそしりを免れないこと勿論であるが事態の発展による興奮の結果の放言であつてかかる放言をとつて申請人に反省の色がないものとするのはいささか早計の嫌いあり申請人の供述によつてもその後反省の情があることを認め得られるものである。

以上諸般の情状を考慮するとき申請人に対し就業規則所定の懲戒処分中最高段階の処分である解雇をもつて臨んだことは重きに過ぎるというべきであり従つて右懲戒解雇処分は被申請人会社所定の就業規則の解釈適用を誤つた違法があるものという外はない。してみると本件懲戒解雇の意思表示を無効とする申請人のその余の主張について判断するまでもなく被申請人会社の申請人に対してなした懲戒解雇の意思表示は無効であるということができる。

五  そこで本件仮処分の必要性について検討するに申請人が解雇通知を受ける直前被申請人会社から一ケ月平均二万二千円を下らない賃銀の支払を受けていたことは申請人の供述及びその供述により成立を認められる疏甲第三号証及び成立に争のない疏乙第三号証の一により疏明されるところ前記のように申請人は家族五人を抱え専ら申請人の賃銀により生計を維持していたものであつて、本件解雇によりその収入源を失いたちまち生活難に陥いつたことその後労働組合の援助等により辛うじて生活を続けて来たがそれもとだえ現在非常な生活難に陥いつていることは申請人の供述によりこれを認めることができる。

よつて申請人が現在の著しい危難を免れることができるように民事訴訟法第七百六十条に従い本案判決の確定にいたるまで被申請人会社において昭和三十四年三月二日申請人に対してなした解雇の意思表示の効力を仮に停止し申請人に対し昭和三十五年三月以降毎月末日限り平均賃銀二万二千円ずつを仮に支払うべきことを命ずることを相当と認め申請費用について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 坂井五郎)

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